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為朝の矢 小話① 源平パイ合戦

皆さん良くご存じの歴史に名が残りそうな(?)2つのパイの話をさせてください。 我が家は子供たちを含め、結構この2つのパイが好きです。(写真①) なんとなく、これらの菓子をバリバリ食べながら思いつくことがありましたので、Tsure-Tsureなるままに書いていきます。
1.源氏パイ

発売された1965年の翌年の大河ドラマが「源義経」だったので、それにあやかり作りました。 大河ドラマがきっかけとは、ちょっと軽くないでしょうか?

ただ、大河ドラマがTVで放映されはじめたのが、この「源義経」の2年前の1963年で、放送自体が始まったばかりでした。

グラフ②を見て下さい。(グラフ②)

「源義経」が始まる前の2年間(1964、1965年)は、平均視聴率がなんと30%以上です。
ピーク時には50%を超えていたそうです。

これだけ視聴率が高いと、次のドラマ「源義経」にも俄然期待が掛かり、お菓子メーカーが、その上り調子にあやかり、「源氏パイ」と命名する気持ちも分かります。

そして、あのハート形の菓子の形状ですが、この理由が、那須与一が屋島の戦いで射抜いた扇の形なのだそうです。(写真③)


50年以上の伝統あるこのお菓子、意外にも単純な命名経緯に、義経も頼朝もびっくりしたことでしょう(笑)。

しかし、世間は「源氏パイ」程、甘く(?)はないのですね。「源義経」はグラフ②にあるように23.5%と20%代に落ちてしまいました。
2.平家パイ

流石に50年前だと、源氏パイのような、今ではちょっと考えつかないような命名経緯になってしまうのかなあと思ったのですが、じゃあ平家パイは?と調べますと、2012年の大河ドラマが「平清盛」だったので、それにあやかったそうです。(;'∀')

50年間、命名の考え方に全く進歩が無い事自体驚きです(笑)。

しかも「平清盛」の視聴率は、大河ドラマ始まって以来最低の12.0%。

それも2008年の「篤姫」以降3年連続で視聴率が落ちているのですから、とても50年前のように「大河ドラマにあやかる」とは程遠い状況だったように見えるのです。
と、これ以上命名について批評するのは控えます。私も一時、今あるサービスの命名で1か月以上議論していた無益な経緯を知る者の一人ですから、きっとこのお菓子の命名についても何人もの苦労された方がいらっしゃるだろう事に同情の念を禁じ…
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クロアゲハ羽化2

今日、妻から昼休みにLINEがあり、「もう1匹、カボスにクロアゲハの大きな幼虫がいるから確保しようか?」と相談して来ました。

実は、既に我が家には写真①のような大きな幼虫2匹がいるのですが、これが凄い大食漢。庭のカボスの葉の供給力の限界に来ているのです。


前の記事でも書きましたが、奴ら産み付けられた木の葉しか絶対に食べないのです。柑橘系の木(みかん、カボス、山椒も)なら、アゲハは何でも卵を産み付けますが、幼虫の方は、卵が付着した木の葉や茎しか絶対に食べません。同じ種類の木だから大丈夫だろうなんてあげても、何故か飢えても食べずに死んでいくのです。それだけ親であるアゲハを信頼しているのですかね?親が「ここなら大丈夫!」といって産み付けた木の葉なら育つことが出来ると・・・。

ちょっとの間、そんな事を考え、ちらっと禿禿になるカボスを想像しました。
しかし、ここは人命救助(幼虫命救助?)の観点から、「そうだね。鳥に食べられないうちに確保してあげないとね。」と返信しました。

次の妻のリプライは、「カボスにもう居ないや。既に鳥にさらわれたみたい。」

私「・・・」

◆ ◇ ◆ ◇

実は2週間前、前回の記事でご報告した後、また1匹、写真②のように蛹(さなぎ)になりました。以前のレポート時の時の蛹は茶色だった(ここをクリック)のですが、今回の蛹は緑色をしていました。



なので、「ん、これは前回のクロアゲハとは違う種類のアゲハだな。きっと。」と思って羽化を心待ちにしておりましたところ、何と出て来たのは写真③のように、やはりクロアゲハ。ちょっとがっかり、みたいに思いつつも、前回同様に庭で放しました。
ところが、なんとコイツ、飛べないのです。ちょっと飛ぶのですが、直ぐに落ちてバタバタします。どうやら右側の羽が伸びきらないで、少々皺のままなのが原因のようです。

かわいそうに、蛹から孵る時に、羽を上手く蛹のカラから出せなかったのでしょう。
自然界だったら、また即、鳥の餌食です。
もしかしたら、ずっと飛ぶことは出来ないかもしれません。そこでしばらく脱脂綿に砂糖水を作って、ケースの中で飼おうということになりました。

◆ ◇ ◆ ◇

やはり、先にお話ししたちょっと見ぬ間に食べられてしまった大きな幼虫も、このアゲハもそうですが、我々はヒラヒラ飛んでいる蝶を見ると、卵から幼虫を経て、蛹から蝶へと華麗な転身を…

品川歴史散歩

時差Bizで少し早く仕事が終わったので、早速職場の廻りを史跡巡りしました。

こういう時差Biz利用方法もあるだろうと、自慢したいのですが、実は品川から大井町までの電車代を節約したいだけの、ちょっと哀しい歴史散歩です(笑)。

旧東海道の品川宿(写真①)を通過します。60thの青い旗が印象的です。
今年は、品川台場の何かが60周年なのですね!

何だろう?ググると東京港60周年だそうです。東京港って戦後の開港なの?と横浜150周年をこの間迎えた私としては、不思議な感じがします。


まずは品川台場採土跡と言うことで、御殿山の採土場に来ました。(写真②)

そう、坂と工事現場があるだけで、石碑も無し!これぞマイナー史跡の優等生ですね。(写真③)

ご存じのように、お台場は、あの伊豆の頼朝が配流されていた蛭が小島の直ぐ近くに屋敷のあった江川太郎左衛門が設計を担当しています。(絵⑤)

この辺り、お台場に関する拙著blog「お台場」もご笑覧ください。(ここをクリック
さて採土場とされる裏は、JR線路です。(写真⑥)
まさにこの線路の辺りから土を採ったのでは?と想像しましたが、時代が違いますね(笑)。

JRを渡ったところにある御殿山庭園は、もうアブラゼミが鳴いていて鬱蒼とした森が、都心に居ることを忘れさせてくれました。(写真⑦)

さて、次は品川神社です。(写真⑧)


やたらと大きな神社石の横、急階段を上って辿り着いた境内の空が綺麗でした。(写真⑨)


実は2年前まで居た部署では、毎年正月の仕事初めには、この神社に安全祈願をしていました。

ところが何度も来ているのに、歴史上有名な人のお墓があるとは露も知らず、Facebookの方から教えて貰って驚愕したので、今日はそのお方のお墓を確かめに来たのです。

そう、板垣退助さんです。教えて頂いた通り、神社の裏にありました。(写真⑩)


大体、どうして神社にお墓があるのでしょうか?そもそもが不思議です。

ちゃんと「板垣死すとも、自由は死せず」と本人が云ったのかどうか怪しいとの説もある名言の碑もあります(写真⑪)
この言葉は、板垣が刺された時に、犯人の相原を取り押さえた内藤魯一という有志が、事件の時に言った言葉を、後に板垣が言ったものという説が有力です。

しかし、平日の夕方は、こんな東京の真ん中の神社でも誰も居ないのですね。(写真⑫)


品川神社境内の中、有…

Tsure-Tsure記事一覧

石橋山合戦 小話③ しとどの窟

思いがけないことで、「土肥の大椙跡」を発見出来た後、当初計画していた「しとどの窟」へ向かいます。

途中、前回のブログでも少し話が出た箱根のレーダー局の脇を通ります。
(写真①)

国土交通省のレーダーのようですが、何に使うのでしょうか。私が小学校1年生の時、家族旅行で箱根・真鶴に行った時の絵日記に描いていますから、かれこれ40年以上はここにあり、防衛関係の歴史があるのでしょうね、やはり。

と考えながら、車で下って行くと、「しとどの窟」と書かれた看板を発見。
ただ、まだまだかなり標高は高く、ここから真鶴までは相当山を下らなければなりません。頼朝が舟で脱出するまでの隠れ家としては、海から離れすぎている気もします。

この看板横から、頼朝が舟で脱出をした真鶴方面を写したのが写真②です。
(写真②)
ちょっと、距離ありますよね。まあ、海岸沿いになればなるほど、人家も多く、幾ら土肥実平の所領と言っても、平家軍への口止めが必ずしも効く訳ではないのですから、2~3日逗留するには、これくらい山奥でないとダメなのかもしれません。

駐車場に車を止めて、早速歩き始めます。前回の「土肥の大椙」の獣道に比べれば、舗装された道路、安心して進むことが出来ます。

駐車場から100mくらい歩くと、トンネルがあります。歩いて山の反対側に出ます。(写真③)
ちょっと開けた場所に出ますが、ここが「しとどの窟」への参道入り口です。(写真④)
ここから、「しとどの窟」へは、かなり下っています。
ということは、また帰りはえらく登りになるなあ、と先程の土肥の大椙跡発見行程のトラウマが・・・

兎に角、てってこ、てってこ、参道の坂を下って行きます。(写真⑤)

驚くことに、日曜日の日中にも係らず、またこの参道でも私1人しかいないのです。
この有名な「しとどの窟」でもです。
そうなると、ところどころに写真⑥のような地蔵があるのですが、妙にリアルな表情なので、ちょっと怖いです。(写真⑥)
つづら折りの階段を下りる事、15分くらい、結構距離あります。やっと標識が見えてきました。(写真⑦)
おっ、やっと着いた!と思ったのですが、違いますね。やたらに浅い岩の窟が続きます。
(写真⑧)
どうもここが本命の洞窟ではないようです。これでは7人どころか頼朝1人入るのも難しそう(笑)
(写真⑨)
ここまでずっと下りでしたが、ちょっとまた上り…