Tsure-Tsure
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中尊寺金色堂 小話③ ~納豆~

後三年合戦の「その3」楽しんで頂けましたでしょうか?

「沼柵」での戦いは、清衡家衡(きよひら・いえひら)の勝利。秋田県特有の豪雪が強力な味方だったようです。
源義家(みなもとのよしいえ)は、この戦ほど惨めに負けたことは無かったようで、めちゃくちゃ悔しがったようです。

さて、その沼柵での敗戦における有名なエピソードに、この戦が納豆発祥の元となったというものがあります。(写真①)

この戦中、どのような経緯で納豆が発見されたのか?次のようになっています。

「マイナー・史跡巡り」でも描きましたように、「沼柵」を攻めあぐねた義家・清衡軍は、冬将軍が来るまで、この場所に停滞することになります。2m以上の豪雪と家衡らのゲリラ戦法により、義家らの本拠多賀城からの補給路は絶たれ、病人続出、戦闘続行は不可能な状況になりつつあります。(写真②)


この時、この食料不足をなんとかしなければならないと考えた義家の部下らは、近くの農民から食料の供出を頼みます。

しかし、ちょうどこの沼柵攻略時の出羽(秋田県)は凶作で、供出できるものと言ったら、大豆くらいしかありませんでした。

そこで、義家軍の兵士たちは、農民にその大豆で大量の煮豆を作らせます。

ところが、この供出作業中、また家衡らのゲリラ戦による食料補給妨害が始まってしまうのです。

時間がないので、焦った義家軍は、農民の作った煮豆を藁(わら)で作った俵に入れて、陣に戻ります。義家の軍は、源氏らしく馬が中心だったと「マイナー・史跡巡り」に書きましたが、この時もその俵を馬の背に負わせて、戦で盗られては叶わないと、全力で走り戻ったのでした。(絵③)

さて、このように集めた大量の煮豆を陣中に納めるのですが、2,3日経つとなんと、この煮豆が匂いを放ち、糸を引くようにになっていました。

どうやら、逃げ帰る時に馬が汗をかいたせいで、煮豆を包んだ藁内の菌が増殖し、発酵したのでしょう。

「しょ、食料が皆腐っている!!」

義家軍はショックです。ただでさえ、補給が上手くいかないのに、現地調達した食料まで腐ってしまうとは、なんとお粗末な兵站計画。もうこの煮豆が食べられないのであれば、撤退しかありません。

でも腐っているなら仕方がありません。さっさと捨てましょうとばかりに俵を持ち上げたある兵士、俵から漏れてくる匂いを嗅ぐと、その悪臭で気分が悪くなるかと思いきや、なにやらこの匂…
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中尊寺金色堂 小話② ~かわらけ~

今回、後三年合戦を調査するにあたり、一番の激戦地となった横手市は金沢柵に建っている後三年合戦金沢資料館の学芸員の方に、色々とご指導を頂きました。(写真①)

この学芸員の方、ご丁寧に後三年合戦の史料をコピーして下さる等、本当に良くして下さったので、何か恩返しをしたいと思いましたが、こちらは何もお返しできるようなものは持って居ません。

ふと、資料館受付の横にある土産もの(と言っても3点しかありませんでしたが)に目を止めると、珍しいものが目に留まりました。

「後三年かわらけ」と書かれた綺麗な箱です。箱の表に描かれているのは後三年合戦絵巻。まだ「マイナー・史跡巡り」には描いていませんが、義家が、潜んでいる家衡のゲリラ部隊を雁の飛び方で発見し、掃討する場面が描かれています。(写真②)

「かわらけ」と言えば、なにやら土器のようなものくらいの知識しかありませんでしたが、兎に角、学芸員殿への御恩返しとばかりに購入することにしました。600円だから全然御恩返しにはなっていないと思いますが・・・(笑)。

さて、家に持ち帰り開けてみますと、変哲の無い「かわらけ」1皿と資料館からの解説書が1枚。(写真③)

解説書によると、「かわらけ」は平安時代から近年まで、主に宴会用の使い捨て容器として利用されてきました。

見た通り素焼きで、釉(うわぐすり)を塗っていません。(写真④)
これは、使い捨ての器であることから、釉塗布のコスト等を掛けずに、安く作成できること、捨てた後、土に還りやすい等、環境にも優しいという利点があります。

つまり、現代の紙皿とほぼ同じ位置づけなのですね。(勿論、紙皿は土に還りやすいのでなく燃やしますが)

では、何故この平安の紙皿である「かわらけ」が後三年合戦のお土産として売られる程、重要なのかと言うと、この後三年合戦のメイン舞台となる秋田県横手市にある清原一族の拠点から、大量にこの「かわらけ」が出土しているのです。
しょっちゅう宴会が開かれており、それが清原氏の勢力の大きさを表しているということです。

なので「かわらけ」は、単なる平安時代の紙皿というだけのモノではなく、出土する量に等よって、その一族の勢力を計る一つのバロメータなのです。

ちなみに、この「かわらけ」は、素焼きであるがため、お酒を飲む前に水に浸けて水分を含ませないと、お酒が器に染み込んで勿体無いことになるだけでな…

映画「ダンケルク」

映画「ダンケルク」を見てきました。(写真①)

あまり前評判も知識も無いまま、NHKジャーナルのPodCastを聞いた時に、そこそこの評価がされていたのでチョイスしたのですが、これが想像以上に面白かったです。


「陸・海・空」の3つの恐怖というかハラハラドキドキが楽しめる、とは云うものの、戦争アクションにありがちなドンパチドンパチという訳では無く、かと言って、もう一方でよくある悲惨な感じもない、つまり説教臭くないのです。

また、そこで起きている事象については、陸海空それぞれの視点で描かれているので、時間的に遡ったり、先に進んでいたり、映画の途中で、「あ、さっきの映像は、この話の今上映しているこの場面を空から見たものだったのだな。」等の話の戻りが何もナレーションも無く進みます。これも話にメリハリを付けているので、最初から最後まで話に飽きが来ないようになっています。

そして、この手の戦争映画は長いことが多いのですが、1時間45分と比較的短いです。

是非、お薦めします。

ただ、私は、見た後に知ったのですが、ダンケルクについて、以下の基礎知識がある方が映画の背景が分かり、理解が進みやすかったなあと反省しています(笑)。

これから見に行かれる方で、「ダンケルクって何だ?」と思われる方は、是非ご一読下さい。

◆ ◇ ◆ ◇

第2次世界大戦初期の1939年の西部戦線、ドイツ軍は戦車、航空機等の新しい兵器等を最大限活用した戦法、電撃戦を編み出し、英仏軍をヨーロッパ大陸から駆逐し始めます。(写真②)

初期のドイツ軍は凄いですからね。何が凄いかと言うと技術力です。

フォルクスワーゲンを開発した技術、アウトバーンのような高速道路も大戦前に作っていますし、航空機、戦車、Uボート、大概の近代兵器は非常にレベルの高いものを作り出しました。(写真③)

戦争初期は、それらの技術を駆使した兵器を総動員して、ヨーロッパ大陸内の英仏軍に宛てたのですから、それは英仏軍はどんどん追いやられる訳です。

1940年には、ベルギー・フランス国境を突破し、英仏軍をフランスの国境の街、ダンケルクに追い込みます。(地図④)

ダンケルクはフランスの最北端の街であることから、ドーバー海峡を渡れば仏兵士たちはイギリスへ逃げることが出来ます。

ただ、ここに40万人もの兵士が追い込まれたのです。40万人一気にドーバー海峡を渡ること…

中尊寺金色堂 小話① ~じゃじゃ麺~

私のマイナー史跡巡りという行動は、現地に向かう前の事前調査も少なく、計画性も無く、行った先の史跡で「あ、そうなんだ!じゃあ、これはどこで起きたのかな?」と呟きながら、リアルタイムでググります。

すると、その史実に関しての知識と同時に、関連史跡も分かるので、次にその中で興味のある史跡へ移動します。

そこでまた「あ、そうなんだ!じゃあ、・・・」の連鎖により、段々分かってくるという感じです。

本当に最近はIT化で便利な世の中になりました。かなりマイナーな史跡でも、Google検索と、GoogleMapさえあれば、最短で到着できます。

スマホさえあれば、効率よく情報を探し、行動できる時代。最近は写真のように、車据え付けのカーナビよりも、GoogleMapのカーナビの方ばかり使います(笑)(写真①)

中学生の頃は、図書館で国土地理院の地図を開き、一生懸命その史跡を調べ、現地でも詳細の場所はどこか分からず、半日歩き廻り史跡を探すのが当たり前でした。

その頃に比べると隔世の感があります。

しかし、効率が良くなった分だけ、弾丸のような史跡訪問行程となり、今度は移動時間・食事時間が勿体なく感じてきました。
そこで日本全国何処に行っても、トイレ、公衆無線LANによる情報収集、美味しいコーヒー、朝飯・昼飯の利用、全てコンビニばかりとなってきております。

こればかりだとさすがに哀しく感じることもあります(笑)。

そこで、今回盛岡に行ったこともあり、せめてもの贅沢(大笑)として、盛岡名物じゃじゃ麺を食べました。(写真②)

◆ ◇ ◆ ◇
※以降の写真も全て食す前の写真ですので、ご安心して閲覧ください(笑)。

じゃじゃ麺、東京でもたまに社食等で昼に食べたりします。
汁気の無い麺は焼きそばでもなんでもそうですが、鉄板上でジャージャー音がしますから、この麺もその音で東北の人がこの名前を付けたのだろうくらいに思っていました。

Wikiで調べると、元々は中国の家庭料理の1つなのですね。じゃじゃも中国語で「炸醤麺(ジャージアンミエン)」から来ているとのこと。

ただ、コンビニ等でも売っているじゃじゃ麺は、本場とは違って、砂糖などを用いたた甘みが強く、さらに唐辛子や豆板醤などで辛めの味付けがされているのだそうです。

また麺もラーメンなどと同じものが使われていることが多いのだそうで、それで私が「焼きそば等と同…

為朝の矢 小話① 源平パイ合戦

皆さん良くご存じの歴史に名が残りそうな(?)2つのパイの話をさせてください。 我が家は子供たちを含め、結構この2つのパイが好きです。(写真①) なんとなく、これらの菓子をバリバリ食べながら思いつくことがありましたので、Tsure-Tsureなるままに書いていきます。
1.源氏パイ

発売された1965年の翌年の大河ドラマが「源義経」だったので、それにあやかり作りました。 大河ドラマがきっかけとは、ちょっと軽くないでしょうか?

ただ、大河ドラマがTVで放映されはじめたのが、この「源義経」の2年前の1963年で、放送自体が始まったばかりでした。

グラフ②を見て下さい。(グラフ②)

「源義経」が始まる前の2年間(1964、1965年)は、平均視聴率がなんと30%以上です。
ピーク時には50%を超えていたそうです。

これだけ視聴率が高いと、次のドラマ「源義経」にも俄然期待が掛かり、お菓子メーカーが、その上り調子にあやかり、「源氏パイ」と命名する気持ちも分かります。

そして、あのハート形の菓子の形状ですが、この理由が、那須与一が屋島の戦いで射抜いた扇の形なのだそうです。(写真③)


50年以上の伝統あるこのお菓子、意外にも単純な命名経緯に、義経も頼朝もびっくりしたことでしょう(笑)。

しかし、世間は「源氏パイ」程、甘く(?)はないのですね。「源義経」はグラフ②にあるように23.5%と20%代に落ちてしまいました。
2.平家パイ

流石に50年前だと、源氏パイのような、今ではちょっと考えつかないような命名経緯になってしまうのかなあと思ったのですが、じゃあ平家パイは?と調べますと、2012年の大河ドラマが「平清盛」だったので、それにあやかったそうです。(;'∀')

50年間、命名の考え方に全く進歩が無い事自体驚きです(笑)。

しかも「平清盛」の視聴率は、大河ドラマ始まって以来最低の12.0%。

それも2008年の「篤姫」以降3年連続で視聴率が落ちているのですから、とても50年前のように「大河ドラマにあやかる」とは程遠い状況だったように見えるのです。
と、これ以上命名について批評するのは控えます。私も一時、今あるサービスの命名で1か月以上議論していた無益な経緯を知る者の一人ですから、きっとこのお菓子の命名についても何人もの苦労された方がいらっしゃるだろう事に同情の念を禁じ…

クロアゲハ羽化2

今日、妻から昼休みにLINEがあり、「もう1匹、カボスにクロアゲハの大きな幼虫がいるから確保しようか?」と相談して来ました。

実は、既に我が家には写真①のような大きな幼虫2匹がいるのですが、これが凄い大食漢。庭のカボスの葉の供給力の限界に来ているのです。


前の記事でも書きましたが、奴ら産み付けられた木の葉しか絶対に食べないのです。柑橘系の木(みかん、カボス、山椒も)なら、アゲハは何でも卵を産み付けますが、幼虫の方は、卵が付着した木の葉や茎しか絶対に食べません。同じ種類の木だから大丈夫だろうなんてあげても、何故か飢えても食べずに死んでいくのです。それだけ親であるアゲハを信頼しているのですかね?親が「ここなら大丈夫!」といって産み付けた木の葉なら育つことが出来ると・・・。

ちょっとの間、そんな事を考え、ちらっと禿禿になるカボスを想像しました。
しかし、ここは人命救助(幼虫命救助?)の観点から、「そうだね。鳥に食べられないうちに確保してあげないとね。」と返信しました。

次の妻のリプライは、「カボスにもう居ないや。既に鳥にさらわれたみたい。」

私「・・・」

◆ ◇ ◆ ◇

実は2週間前、前回の記事でご報告した後、また1匹、写真②のように蛹(さなぎ)になりました。以前のレポート時の時の蛹は茶色だった(ここをクリック)のですが、今回の蛹は緑色をしていました。



なので、「ん、これは前回のクロアゲハとは違う種類のアゲハだな。きっと。」と思って羽化を心待ちにしておりましたところ、何と出て来たのは写真③のように、やはりクロアゲハ。ちょっとがっかり、みたいに思いつつも、前回同様に庭で放しました。
ところが、なんとコイツ、飛べないのです。ちょっと飛ぶのですが、直ぐに落ちてバタバタします。どうやら右側の羽が伸びきらないで、少々皺のままなのが原因のようです。

かわいそうに、蛹から孵る時に、羽を上手く蛹のカラから出せなかったのでしょう。
自然界だったら、また即、鳥の餌食です。
もしかしたら、ずっと飛ぶことは出来ないかもしれません。そこでしばらく脱脂綿に砂糖水を作って、ケースの中で飼おうということになりました。

◆ ◇ ◆ ◇

やはり、先にお話ししたちょっと見ぬ間に食べられてしまった大きな幼虫も、このアゲハもそうですが、我々はヒラヒラ飛んでいる蝶を見ると、卵から幼虫を経て、蛹から蝶へと華麗な転身を…